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「はだしのゲン」シリーズ24。面影。

「はだしのゲン」シリーズ24。面影。

 ―失った家族への思慕―


はだしのゲンは、世界中に翻訳されて紹介されている、日本の侵略戦争当時の真実の歴史を、戦争と被爆を体験した生き証人である著者が記録した芸術作品です。

以下はブログ平和を願う市民の集いからお借りしました。

中公文庫コミック版 中沢啓治 作 「はだしのゲン」より。


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 失った大切な人の面影を、全く別の場所、全くの他人の中に見る――それは決して珍しい事ではありません。

 それがどの国の出身者でも、どんな民族や人種であっても、同じ人間であることは変わりません。喜怒哀楽、悲しみや寂しさ、絶望や孤独を抱えて傷つきながら生きているという事実にどんな違いがあるでしょうか?

 日本以外の中国や韓国や北朝鮮にも、同じように家族を愛する父や母、兄弟姉妹や祖父母が居て、生きるために働いている。自分自身も自分の命や家族、大切な人々がいるのなら、他の国の人々だって全く同じ事なのです。

 なぜ、同じ人間同士、同じように自分や家族を大切に思って人生の苦しみに耐えている人々を、憎んだり蔑んだり、バッシングしたり無慈悲な言葉を浴びせようとするのでしょう?

 どの国の父親達も母親達も、自分自身や家族を大切に思っているのです。どうして右翼や軍国主義者のおぞましい悪意を真に受けて、無関係な隣国のお父さんやお母さん、子供達や兄弟姉妹を憎み、右翼や安倍晋三のような連中のために、戦争を仕掛けて殺さなければならないのでしょう?

 戦争は大量殺人です。戦争できるようにすることは、日本が大量殺人を是認する事を意味します。その瞬間から、日本と敵対する全ての国家も、日本による大量虐殺を恐れ「国防」のために、日本の国民をも大量虐殺することを決定するでしょう。

 その結果こそが、東京都を中心とした日本全土の大都市の空爆による徹底的な破壊であり、2度もの原爆投下であったのです。

 安倍晋三やかつての戦争犯罪人の言う、「国防のための戦争」によって、日本の国民は360万人もの死者を出しました。彼らの目論んでいる事は、森友・加計学園問題から国民の目をそらし、水道の民営化その他のあらゆる悪法の強行採決を国民に気づかれないようにするために、サッカーの試合を大々的にメディアに報道させ、オウム真理教の麻原彰晃以下7人もの人間を死刑に処して同じくメディアをその話題で塗りつぶし、悲惨な豪雨による災害、100人を超える死者を出した大惨事の真っ最中に、安倍も菅も与党議員も、災害救助などそっちのけで、悪法の強行採決に血道を上げていたのです。
 これほどまでにおぞましく残忍な安倍晋三のような独裁者は、ナチスのヒトラーや旧ソ連のスターリン以外、見当たらないのです。

 安倍と一味が狙っているのは、日本を「首相の命令一下、自由に国民に戦争を強制できる国家」にする事です。
 

 いつの世にも、権力者は机上の空論で戦争を勝手に決定し、国民は奴隷のように従わされます。それがどのように起きたかは、今の安倍政権を見れば明らかです。
 政治的独裁権の掌握を狙う悪辣な国粋主義者や差別主義者、右翼と呼ばれる連中が、メディアその他を駆使して、ありとあらゆる画策と陰謀、アンケートデータの捏造、公文書偽造、そして不正投票によって、独裁権を得ていったのです。

 やがて時代は進歩し、あらゆる科学技術と共に、大量殺戮のための核爆弾、劣化ウラン弾、地雷、全ての爆弾の母、ドローンによる無差別爆撃など、全ての人類を何十回も全滅できる水準にまで達してしまったのです。

 安倍晋三と右翼の画策により、今の日本は原発再稼働の結果、何と広島・長崎規模の原爆を6,000発も作れる量のプルトニウムを保有しているのです。

 広島に投下されたたった一発の原爆により、広島は地上の生き地獄と化し、無数の人々が無残な死を遂げました。この苦い教訓から、日本の国民は何を学んだのでしょうか?

 戦争を知らない平和ボケの安倍晋三と与党と右翼は、防衛のための戦争を口にしますが、果たして防衛のための戦争で、地獄の苦しみの果てに死ぬのは誰でしょうか? 戦争をけしかけている安倍晋三? 与党の議員? それとも右翼団体でしょうか? ――いいえ、戦争を強いられるのは、何の関係もない普通の国民です。

 核兵器はいかなる手段をもってしても防ぐことはできません。

 万が一、日本海上空など、日本上空で核兵器を劇激して爆破したなら、福島の原発事故とは比べ物にならないほど高濃度の放射能が広範囲に降り注ぎ、日本は二度と人の住めない放射能の島と化すのです。

 もし、実際に東京などで核兵器が炸裂すれば、広島とは比べ物にならないほどの被害が出、同じく日本は滅亡するでしょう。安倍晋三の言うような、「建物の陰に入ればいい」などという小学生以下の戯言を真に受けようものなら、超高濃度の放射能と太陽の表面温度6000℃の超高温で、人間など瞬時に蒸発し、生き残った人々も、放射能によって100%死ぬことになるのです。

 安倍晋三と与党と右翼は、「国防のためだ」と称して軍備増強を進めていますが、最良の国防は、戦争が起きないようにする平和外交であり、近隣諸国との友好関係構築のはずです

 安倍と右翼団体「日本会議」「日本青年協議会」「美しい日本を創る会」は、こぞって、
「日本人だけが優秀な民族であり、韓国・北朝鮮・中国の人間は屑だ、劣っている」という民族差別・人種差別を吹聴し、互いの国民達が憎みあうように仕向けています。
 こんな事を繰り返していたならば、最後には戦争になるでしょう。

 現実には、学生が奨学金ローンで一生涯苦しむようにしたのも、若者たちが非正規雇用者となって、結婚し子供を育てられる経済的基盤すらなくなるように仕向けたのも、過労死するまで労働時間を延長しようとしているのも、高齢者や病者の福祉をカットして、家族が経済的にも肉体的にも疲弊するようにしたのも、全ては安倍晋三と与党と右翼の仕業であって、中国や韓国、北朝鮮の人々が、これらの悪法を強行採決したことなど、ただの一度もありませんし、イスラム教徒の人々が、大企業にだけ国民の血税が流れ込むようにしたこともないのです。

 私達が本当に憎むべきなのは、安倍晋三と与党と右翼による悪政であり、中国や韓国、北朝鮮やイスラム教徒など、私達国民の不幸とは何の関係もないのです。

 戦争中もそうでした。

 日本が侵略戦争に踏み切り、罪もないアメリカの若者たちを700人以上も虐殺するまでは、日本の人々はアメリカやイギリスの人々とは、何の利害関係もなかったのです。
 日本の人々に戦争を強制したのは、「国防のためだ」と称し、軍国主義で国民を洗脳し、近隣諸国や欧米、戦争に反対する人々を憎むように仕向けた、安倍晋三の祖父、岸信介のような戦争犯罪人達だったのです。

 平和を選ぶのが正しいのか、戦争できる国を選ぶのが正しいのか? どうか真剣に考えてみてください。



長崎に平和の鐘が鳴る。


長崎原爆73年、平和祈念式典 核兵器なき安全保障を

以下はブログまり姫のあれこれ見聞録からお借りしました。

 長崎は9日、被爆から73年を迎え、長崎市松山町の平和公園で平成最後の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典が営まれました。

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 原爆投下時刻の午前11時2分、参列した市民ら約5千2百人が黙とう。

 田上富久(たうえとみひさ)市長は平和宣言で、核兵器保有国とその同盟・友好国に、
「核に頼らぬ安全保障政策に転換を」と促しました。
 日本政府にも、唯一の戦争被爆国として核兵器禁止条約に賛同し、世界を導く道義的責任を果たすよう求めました。
 安倍晋三首相はあいさつで、6日の広島原爆の日と同様、保有国と非保有国の橋渡しが必要だと強調し、核兵器禁止条約を承認せよという被爆者の願いに背を向けたままでした

 国連からはグテレス事務総長が初めて参列。現職のグテレス氏はあいさつで、
「核廃絶は国連の最優先課題。長崎から全ての国に、目に見える進展を求める。保有国には特別な責任がある」と述べました。

 平和宣言は条約早期発効のため、世界中の人々へ、
「自国の政府と国会に署名と批准を求めて」と呼び掛けました。6月の米朝首脳会談にも触れ、
「後戻りのない非核化実現を、大きな期待を持って見守っている」としました。

 反核運動の象徴的な存在で昨年8月に88歳で死去した谷口稜曄(すみてる)さんらが、戦後世代の戦争や核に対する向き合い方に懸念を示していたことを紹介。憲法の平和主義を次世代に引き継ぐことの大切さを強調しました。
 原発事故からの復興に努める福島にも8年続けて言及し、励ましの言葉を送った。

 日本原水爆被害者団体協議会(被団協)の代表委員で埼玉県在住の田中熙巳(てるみ)さん(86)は、被爆者代表として
「平和への誓い」
を朗読。原爆使用を、
「人間の行為として絶対に許されない」とし、核と戦争のない世界実現へ力を尽くすと犠牲者らに約束しました。

 長崎市によると、式典には、核保有国6か国を含めて計71カ国の代表者らが出席しました。

 7月末までの1年間で、市は被爆者3千4百43人の死亡を確認。今年から、国が定めた地域外で原爆に遭った「被爆体験者」も死没者名簿の対象とし、記載総数は体験者54人を含む計17万9千2百26人となりました。
 厚生労働省によると、被爆者健康手帳を持つ人の数は、3月末時点で15万4千8百59人。平均年齢は82・6歳。


◆首相に条約署名迫る 県外在住者初の被爆者代表・田中熙巳さん訴え

 日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の田中熙巳(てるみ)さん(86)=埼玉県新座市=は県外在住者で初めて被爆者代表として「平和への誓い」を朗読しました。

 73年前、長崎の爆心地から3・2キロ離れた自宅で被爆した田中さんは当時13歳。
「3日後の今ごろ、家屋が跡形もなく消滅し、黒焦げの死体が散乱するこの丘の上を歩き回っていた。この日1日、私が目撃した浦上地帯の地獄の惨状を脳裏から消し去ることはできません」と当時の凄惨(せいさん)な様子を振り返りました。

 原爆については、
「全く無差別に、短時日に、大量の人びとの命を奪い、傷つけた。そして、生き延びた被爆者を死ぬまで苦しめ続けます。人間が人間に加える行為として絶対に許されない行為です」と非難。
「被爆者の苦しみと核兵器の非人道性を最もよく知っているはずの日本政府は、同盟国アメリカの意に従って、核兵器禁止条約に署名も批准もしないと、昨年の原爆の日に総理自ら公言されました。極めて残念でなりません」と厳しく批判したのが特徴的です。
 最後に、
核兵器もない、戦争もない世界の実現に力を尽くすと誓いました。


[長崎平和宣言全文]

「核軍縮の約束、果たしてください」

 73年前の今日、8月9日午前11時2分。真夏の空に炸裂(さくれつ)した一発の原子爆弾により、長崎の街は無残な姿に変わり果てました。
 人も動物も草も木も、生きとし生けるものすべてが焼き尽くされ、廃虚と化した街にはおびただしい数の死体が散乱し、川には水を求めて力尽きたたくさんの死体が浮き沈みしながら河口にまで達しました。15万人が死傷し、なんとか生き延びた人々も心と体に深い傷を負い、今も放射線の後障害に苦しみ続けています。

 原爆は、人間が人間らしく生きる尊厳を容赦なく奪い去る世界最悪の残酷な兵器なのです。

 1946年、創設されたばかりの国際連合は、核兵器など大量破壊兵器の廃絶を国連総会決議第1号としました。
 同じ年に公布された日本国憲法は、平和主義を揺るぎない柱の一つに据えました。広島・長崎が体験した原爆の惨禍とそれをもたらした戦争を、二度と繰り返さないという強い決意を示し、その実現を未来に託したのです。

 昨年、この決意を実現しようと訴え続けた国々と被爆者をはじめとする多くの人々の努力が実り、国連で核兵器禁止条約が採択されました。
 そして、条約の採択に大きな貢献をした核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞しました。この二つの出来事は、地球上の多くの人々が、核兵器のない世界の実現を求め続けている証(あかし)です。

 しかしながら、第2次世界大戦終結から73年がたった今でも、世界には1万4450発の核弾頭が存在しています。しかも、核兵器は必要だと平然と主張し、核兵器を使って軍事力を強化しようとする動きが再び強まっていることに、被爆地は強い懸念を持っています。
 
 核兵器を持つ国々と核の傘に依存している国々のリーダーに訴えます。

 国連総会決議第1号で核兵器の廃絶を目標とした決意を忘れないでください。そして50年前に核不拡散条約(NPT)で交わした「核軍縮に誠実に取り組む」という世界との約束を果たしてください。人類がもう一度被爆者を生む過ちを犯してしまう前に、核兵器に頼らない安全保障政策に転換することを強く求めます。

 そして世界の皆さん、核兵器禁止条約が一日も早く発効するよう、自分の国の政府と国会に条約の署名と批准を求めてください。
 日本政府は、安倍首相と与党とは、核兵器禁止条約に署名しない立場をとっています。それに対して今、300を超える地方議会が条約の署名と批准を求める声を上げています。日本政府には、唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすことを求めます。

 今、朝鮮半島では非核化と平和に向けた新しい動きが生まれつつあります。南北首脳による「板門店宣言」や初めての米朝首脳会談を起点として、粘り強い外交によって、後戻りすることのない非核化が実現することを、被爆地は大きな期待を持って見守っています。日本政府には、この絶好の機会を生かし、日本と朝鮮半島全体を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の実現に向けた努力を求めます。

 長崎の核兵器廃絶運動を長年牽引(けんいん)してきた二人の被爆者が、昨年、相次いで亡くなりました。その一人の土山秀夫さんは、核兵器に頼ろうとする国々のリーダーに対し、こう述べています。
「あなた方が核兵器を所有し、またこれから保有しようとすることは、何の自慢にもならない。それどころか恥ずべき人道に対する犯罪の加担者となりかねないことを知るべきである」。
 もう一人の被爆者、谷口稜曄さんはこう述べました。
「核兵器と人類は共存できないのです。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも核兵器を残してはなりません」

 二人は、戦争や被爆の体験がない人たちが道を間違えてしまうことを強く心配していました。二人がいなくなった今、改めて、
「戦争をしない」という日本国憲法に込められた思いを次世代に引き継がなければならないと思います。

 平和な世界の実現に向けて、私たち一人ひとりに出来ることはたくさんあります。

 被爆地を訪れ、核兵器の怖さと歴史を知ることはその一つです。自分のまちの戦争体験を聴くことも大切なことです。体験は共有できなくても、平和への思いは共有できます。
 長崎で生まれた核兵器廃絶一万人署名活動は、高校生たちの発案で始まりました。若い世代の発想と行動力は新しい活動を生み出す力を持っています。
 折り鶴を折って被爆地に送り続けている人もいます。文化や風習の異なる国の人たちと交流することで、相互理解を深めることも平和につながります。自分の好きな音楽やスポーツを通して平和への思いを表現することもできます。市民社会こそ平和を生む基盤です。「戦争の文化」ではなく「平和の文化」を、市民社会の力で世界中に広げていきましょう。

 東日本大震災の原発事故から7年が経過した今も、放射線の影響は福島の皆さんを苦しめ続けています。長崎は、復興に向け努力されている福島の皆さんを引き続き応援していきます。
 被爆者の平均年齢は82歳を超えました。日本政府には、今なお原爆の後障害に苦しむ被爆者のさらなる援護の充実とともに、今も被爆者と認定されていない「被爆体験者」の一日も早い救済を求めます。

 原子爆弾で亡くなられた方々に心から追悼の意を捧げ、私たち長崎市民は、核兵器のない世界と恒久平和の実現のため、世界の皆さんとともに力を尽くし続けることをここに宣言します。

2018年(平成30年)8月9日 長崎市長 田上富久


「平和への誓い」

 1945年8月9日、13歳だった私は、爆心地から3・2キロ離れた自宅の2階で被爆しました。気を失った直後、爆風で飛んできた大きなガラス戸の下敷きになりました。幸いに奇跡的に無傷で助かりました。

 3日後のちょうど今ごろ、私は、家屋が跡形もなく消滅し、黒焦げの死体が散乱するこの丘の上を歩き回っていました。探し当てた父方の伯母の家屋跡には、黒焦げになった伯母たち家族の遺体が転がっていました。そのちょうど同じ時、丘の下の上野町では、3日間生きながらえた母方の伯母の遺体をトタンの板に載せて焼いていました。焼き終えた人の形をとどめた遺骨を見たとき、優しかった伯母の姿が目に浮かび、その場に泣き崩れました。原爆により身内5人の命が一挙に奪われました。この日一日、私が目撃した浦上地帯の地獄の惨状を、私は私の脳裏から消し去ることはできません。

 原爆は全く無差別に、短時日に、大量の人々の命を奪い、傷つけました。そして、生き延びた被爆者を死ぬまで苦しめ続けています。人間が人間に加える行為として絶対に許されない行為です。

 全国に移り住んだ被爆者たちは、被爆後10年余り、誰からも顧みられることなく、原爆による病や死の恐怖、偏見と差別などに一人で耐え苦しみました。
 ビキニ環礁での、1954年3月1日のアメリカの水爆による「死の灰」の被害に端を発し、全国に広がった原水爆禁止運動に励まされて、1956年8月、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が結成されました。

 日本被団協に結集した被爆者たちは、
「同じ苦しみを世界の誰にも味わわせてはならない」と原爆被害の残虐な真相を、国の内外に伝え、広げ、核兵器の速やかな廃絶を世界に訴え続けて参りました。
 2010年代に入り、国際政治の場において、核兵器の非人道的な被害に焦点が当てられるようになるなか、長年にわたる被爆者と原水爆禁止を願う市民社会のさまざまな活動、さらにICANの集中的なロビー活動などが実を結び、2017年7月、
「核兵器禁止条約」が国連で採択されました。被爆者が目の黒いうちに見届けたいと願った核兵器廃絶への道筋が見えてきました。これほどうれしいことはありません。

 ところが、被爆者の苦しみと核兵器の非人道性を最もよく知っているはずの日本政府は、同盟国アメリカの意に従って、
「核兵器禁止条約」に署名も批准もしないと、昨年の原爆の日に総理自ら公言されました。極めて残念でなりません。
 核兵器国とその同盟国は、信頼関係が醸成されない国が存在する限り、核抑止力が必要であると弁明します。核抑止力は核兵器を使用することが前提です。国家間の信頼関係は徹底した話し合いで築くべきです。
 紛争解決のための戦力は持たないと定めた日本国憲法第9条の精神は、核時代の世界に呼びかける誇るべき規範です。

 私は、多くの先人たちの働きをしのびつつ、「ヒバクシャ国際署名運動」をさらに大きく発展させて、速やかに「核兵器禁止条約」を発効させ、核兵器もない戦争もない世界の実現に力を尽くすことを心に刻み、私の平和への誓いといたします。
2018年(平成30年)8月9日 被爆者代表 田中熙巳



追記[※翁長氏急逝一夜明け 沖縄沈痛] 

 沖縄の民意を背に政府と全面対決の姿勢を貫いた翁長雄志(おながたけし)知事の急逝から一夜明けた九日、県内は悲しみと喪失感に包まれた。

 県庁舎には朝から弔意を表す半旗が掲げられ、夏の正装「かりゆし」を着た職員が沈痛な面持ちで登庁。遺体が安置された那覇市の自宅には喪服の関係者が出入りし、張り詰めた空気に包まれた。
 病魔と闘いながら米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設阻止に力を振り絞った翁長氏
 弔問客によると、遺体の枕元には十一日の移設反対県民大会でかぶる予定だった青色の帽子が置かれていた。
「まさに寝ているようなお顔。沖縄、日本にとって大事な人を失った」。自宅を訪れた鈴木宗男元衆院議員は悲しみに顔をゆがめた。

 翁長県政を支えた安慶田(あげだ)光男元副知事は、志半ばで倒れた翁長氏の遺体と対面し、
「ご苦労さん、もうゆっくりお休みください」と声を掛けた。
 県庁には午前九時半すぎに職務代理の謝花(じゃはな)喜一郎副知事が登庁。目を充血させ、無言でエレベーターに乗り込んだ。トップを失った庁内で、男性職員は「体調が回復していると思っていたのだが…」と突然の死に動揺した様子だった。

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◆首相「沖縄貢献に敬意」

 安倍晋三首相は九日、長崎市で記者会見し、八日に死去した沖縄県の翁長雄志知事について「沖縄の発展に尽くされた貢献に敬意を表したい」と述べ、哀悼の意を表明した。その上で、沖縄県の基地負担軽減と経済振興に全力を挙げる方針を強調した。
 これに先立ち、菅義偉官房長官も会見で「突然の訃報に大変驚いており、謹んでお悔やみ申し上げたい」と述べた。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に関しては、「日米同盟の抑止力の維持、普天間飛行場の危険除去を考えたときに唯一の解決策ということに変わりない」と強調。政府が十七日に予定している移設埋め立て海域への土砂投入については具体的な言及を避けた。 2018/8/9 【出典:中日新聞】

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※安室さんが追悼 「翁長知事の遺志継いで」 

 沖縄県の翁長雄志知事が死去したことに対し、同県出身の歌手安室奈美恵さん=写真=が九日、公式サイトで「突然の訃報に大変驚いています」などとするコメントを発表した。

安室さんは五月の県民栄誉賞の授賞式で翁長知事と面会しており、
「今思えばあの時も、体調が優れなかったにもかかわらず、私を気遣ってくださり、優しい言葉をかけてくださいました」と振り返った。
さらに、
「沖縄の事を考え、沖縄の為に尽くしてこられた翁長知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される沖縄であることを願っております」と悼んだ。 2018年8月9日【出典:中日新聞】

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<被爆者アベに怒り心頭>


以下はブログ「Showbinの日刊写楽からお借りしました。

NHKのニュースから次の場面が抜け落ちていたので追加します。

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鉱物の世界へようこそ!  「街角写真館」


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スモーキークォーツ(smoky quartz)

和名では煙水晶。
地下深い地層のマグマの中で、
酸化ケイ素が結晶化したものです。

超高温と物凄い圧力。
それがこんなに巨大な結晶を生みました。
高さ1m以上、幅30cmほど。

内部には無数のひびが入っており、
光の干渉現象で、
小さな虹が浮かんでいます。

削れば巨大な水晶の印鑑が出来ますが、
使えるのは巨人だけでしょう。

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透き通るクォーツ(quartz)

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小さな水晶の森

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珪孔雀石

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孔雀石

孔雀石と言えば、
ロシアの伝説に、
「石の花」と言う物があります。

孤児だった天才的な石工が、
孔雀石による究極の美を求めるあまり、
宝石の精の女王に魅入られるという物語。

けれども妻は諦めず、
どんなことをしてでも夫を取り戻そうとします。
さて、物語の結末は?

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三葉虫

遠い昔に絶滅してしまいましたが、
随分長い間、太古の海を這い回っていた、
ごくありふれた生き物でした。

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アメジスト

純粋な水晶以外は、
大抵、様々な不純物を含んでいます。

例えばルビー。

酸化アルミニウムの結晶ですが、
わずかにクロムイオンを含んでいます。
それがあの燃えるような赤を発色するのです。

同じように水晶も、
含有する不純物の種類によって、
様々な色を醸し出すのです。

人間だって同じこと。
民族も人種も様々存在するからこそ、
多種多様な文化が花開いたのです。

純血?

下らないですね。

馬でさえ純血のサラブレッドは、
特有の遺伝的弱さをもっていますし、
犬や猫も純血であればあるほど、
それぞれに固有の病気になりやすいのです。

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人工的に着色された貴石

メノウが有名です。
加熱によって色が変色し、
染色によって多彩な色になるのです。

磨かれカットされ、
時にはきれいに染色される。
宝石たちのお化粧です。

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小さな植物園

都会では緑豊かな森林は望むべくもありませんが、
小さな小さな観葉植物も、
一生懸命生きています。

植物はどんな人でも差別せず、
お金持ちだからと言って卑屈になる事もなく妬みもせず、
貧しいからと言って見下したり馬鹿にすることもありません。

お金持ちの孤独と悲哀を慰めてくれますし、
貧しい人の苦しみに寄り添ってくれるのです。
どうか大切にしてあげてください、この小さなけなげな命の花を……

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テラコッタ

古代ギシリャのオリーブ油の壺、
穀物やワインを保存した壺。

陶器は遠い昔から、
人類の大切な友でした。

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ハイウェイ


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バターナッツかぼちゃ

ヒョウタンのような変な形です。
でも、とろけるように濃厚で美味しいカボチャです。

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宿祢(すくね)かぼちゃ

これまた変な形をしています。

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緑のゴーヤ

鮮やかな緑できれいなだけでなく、
苦味が食欲をそそります。
真夏のゴーヤ・チャンプルーは最高です!

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パプリカだって美味しいよ。

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人類の救世主

インカ帝国の昔から、
ジャガイモはけなげな作物でした。

荒地でも平気で育ち、
冷涼な場所でも収穫できるのです。

そのおかげで全世界の寒冷地の人々が、
飢えから解放されたのです。

トウモロコシとジャガイモ、トマトにピーマン、
全て南米の産物です。

私もジャガイモが大好きで、
「前世はペルー人だったのでは」と言われています。

一番好きな食べ物はポテトサラダ。
世界一美味な食べ物です。

少なくとも私にとってはね(笑)。

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提灯

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古本屋

さすがに今ではめったに行かないですが、
子供のころから古本屋と図書館が大好きでした。

今でも書店はお気に入り。
私の幸せ空間です。


それでは私のささやかな写真館はここまでです。またのお越しを……
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