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安倍晋三と右翼を呪う、戦犯の犠牲にされた英霊達

安倍晋三と右翼を呪う、戦犯の犠牲にされた「英霊達」

   ―英霊達からのメッセージ―


以下はブログミディアムが見た真実の世界からお借りしました。

 安倍晋三と右翼とは、

「愛国心を持って国家と公のために滅私奉公する事こそが、美しい日本の在り方であり、戦争中の日本の独裁体制こそがあるべき姿だ」と称して、

「首相が国民に戦争をさせられるように、現行の平和憲法を廃止して、右翼団体『日本会議』草案による自民党独裁憲法を樹立するのが究極の目標だ」と吹聴しています。

「靖国神社に戦犯を戦争犠牲者の英霊と一緒に合祀するのは右翼系カルト教団『生長の家』の教えであり神と全ての英霊の御心だ」とも言っています。


 けれども、実際に戦争の犠牲になった英霊複数に聞いてみると、彼等は口をそろえてこう言います。

「私達は家族のため、一人一人の国民を守るためだと当時の戦争犯罪人から子供の頃から洗脳されて育った。
 
 今の安倍晋三を始めとする右翼は、首相が独裁権を掌握して国民に戦争を強制できるようにすると主張しているが、私達の時代にも、安倍晋三の祖父、岸信介を始めとする戦争犯罪人も、全く同じ事を主張していた。

 彼らの本当の目的は、中国・朝鮮半島その他の資源と肥沃な大地を奪う事だった。口先では国防と吹聴していたけれども、実際には戦争犯罪人と、彼等とつるんだ財閥が、侵略戦争での占領地の人的・鉱物資源と土地の横領が本当の目的だった。

 私達は天皇が神だと洗脳され、その命令は絶対だとして、軍部と戦争犯罪人は戦争を国民に強制したが、実際には天皇は、それがどの天皇であれ、全てただの人間であるに過ぎなかった。

 その証拠に、昭和天皇も岸信介も、その他の戦争犯罪人達も、一人の例外もなく、地獄の闇で今なお悶え苦しんでいる。
 
 私達は『英霊』などと呼ばれたくはない。苦しんで戦場で飢えと病気と戦闘で死んだ私達を供養するというなら理解できる。けれども、靖国神社に英霊として私達を祀った真の目的は、戦争犯罪人の生き残り連中が、戦争犯罪人の犠牲者でしかない私達を『軍神』として祀る事によって神格化し、今後の軍国主義者や安倍のような独裁者が国民に戦争させる事を企てた時に、不当な侵略戦争を『神の意志』として正当化する事だ。

 安倍晋三と右翼団体『日本会議』の信奉する宗教的権威は右翼系カルト教団生長の家だが、生長の家を立ち上げた谷口雅春は、戦争犯罪人以上に真っ暗な地獄の底で阿鼻叫喚の苦しみに悶え苦しんでいる。
 
 死んだ私達には、これら戦争犯罪人達が現在、どこでどうしているかなどは、目の当たりに知る事が出来る。安倍や右翼が何を言おうと、日本が実行したのは卑劣で残忍な侵略戦争であり、国内外の犠牲者が一人残らず救われるまでは、戦犯達は決して地獄の闇から解放される事はない。それは、ドイツのヒトラーや旧ソ連のスターリンについても同じである。

 国民の中にも、戦争を肯定的に捉えている愚かな人間が居るのと同様に、私達戦争犠牲者の中にも、いまだに成仏できずに靖国神社で地縛霊となっている者がいる。
 けれども彼等は決して『英霊』などではなく、哀れな未浄化霊でしかない。彼等にはいまだに現実が見えていないし、不幸な事にいまだに苦しみと絶望の中にいる。

 だが、大部分の兵士その他の戦争犠牲者は、誰一人として靖国神社には居ないと断っておこう。
 殺人事件で犠牲になった被害者と、殺人事件の犯人を同じ墓に祀る者はいない。一体どこの誰が、私達の無駄な死の元凶であり最低最悪の戦争犯罪人という加害者と、戦争犠牲者達が、同じ靖国神社に居たいなどと思うだろう?
 靖国神社は戦犯の流れを汲む軍国主義者と右翼によって成立した。それはおぞましい軍国主義の宣伝塔であるに過ぎず、決して戦争犠牲者を悼み冥福を祈る目的で建てられた慰霊碑などではない。
 言うまでもなく、戦争犯罪人達はそれぞれの地獄で悶え苦しんでおり、誰一人として靖国神社になどは居ない事を知るべきである。
 欺瞞とおぞましい軍国主義、独裁国家に日本を戻そうと画策するような連中は、一人の例外もなく、かつての戦争犯罪人と同じ運命をたどることになる。

 私達が見ている事は全て事実であり、安倍晋三と与党議員、補完勢力である野党、右翼団体や在特会のメンバーは、死ねば間違いなく地獄の闇で塗炭の苦しみを味わう事になるだろう。」



戦争犠牲者の御霊の中には、故郷に帰りたい人もおられるのでは?・・・

以下はブログ英霊たちを悼むからお借りしました。

死んでからも軍隊から解放されず、辛いと思う御霊もいるのではないだろうか?

故郷に帰りたいと願った御霊もいたのではないだろうか?

戦犯と言われた人と一緒にいるのは嫌だと思う御霊もいるのではないだろうか ?

死んでからは、自由に自分の思う場所で眠りたいのではないか ?
まして、また戦争を起こしかねない人々に参拝されて嬉しいだろうか?
靖国の御霊は戦争のない青春を謳歌したかっただろう・・・・・・

 まるで言葉の遊びの戦争法案」 、憲法学者が国を守れるのか、というが 「政治家と軍人」では国を守れないことは、「ポツダム宣言受諾」で証明したばかりだろう。

茂木健一郎 ‏@kenichiromogi

 数学者よりも数学を知っていると政治家が言ったら笑われるだけだし、音楽家よりも音楽がうまいと政治家が言ったらスルーされる。ところが、憲法学者よりも憲法を知っている、オレたちに任せとけ! と政治家がいうと、驚くことに拍手喝采する人も一部いるのが、この世というもの。イヤだねえ。

 この内閣の答弁を聞いていると まさにオウム真理教の「上祐氏」を思い出す。 当時言われた言葉 … 「ああいえばジョウユウ」、 自衛隊員を危険にさらすと指摘されれば、
「危険のない場所で行う」と言い、
「危険になればただちに撤退」という。 戦争をしながら、 
「ただちに撤退の援軍」など必要とされまい。 ましてや、
「玉や弾薬が飛んでこない場所」を、攻撃側ならともかく、どうやってわかるのか教えてもらいたいものだ。 
 最近では、嘘に嘘を重ねて、
「自分たちが何を言ったのか」定かでないのだろう。

 緊急に必要でもない法案を、なぜだか知らぬが『夏まで』と期限を決めて成立させようとする。 
 はっきり言ってしまえば、国会の論議などどうでもよいと考えている。 
「戦争ができる」ということが彼らにとっては安心なのだろう。にもかかわらず、戦争の結果がどうなるのか、それを想像することすらない。 
 アメリカと組んでおけば、 
「負け戦」はないと思い込んでいる。他の国から見れば、
「日本」も「フィリピン」も 虎の威を借る狐-- 卑怯者 --と見られるかもしれない。

 「この1年で国は随分変わりましたね。『戦争の芽』は指ではもうつぶせないくらいに育ってしまったようだ。戦後70年の間で、今ほど国会で『戦争』が論じられた日が過去にあったでしょうか。70年間、常に平和を論じてきたはずなのに」

 再び彼に会いたくなったのには理由がある。海外での自衛隊の活動の拡大を図る安全保障関連法案が閣議決定された5月14日夜、安倍晋三は記者会見で、
「米国の戦争に巻き込まれることは絶対にない」と断言した。この厚顔無恥な大嘘を聞いて、ふと、「絶対」という言葉を使わない作家の存在を思い出したのだ。

 東京大空襲の焼け跡で14歳だった半藤少年は、
「絶対に日本は正しいとか、絶対に神風は吹くとか、すべてうそだ」と思い知った。それ以来「絶対」という言葉を使わないと決めた。そんな半藤さんは安倍晋三の「絶対」をどう聞いたのだろう。

「分かりにくさ」は意図されたものだ、という。
「安倍が語るのは理念だけ。集団的自衛権の行使が可能となる『存立危機事態』を説明するのにも、具体的な『仮想敵国』一つ挙げない」。確かに、国会で議論になっている具体的な地域といえば「中東のホルムズ海峡」や「南シナ海」しか思い出せない。

「朝鮮半島や日本近海での有事を語らない。国民が戦争を具体的にイメージし、恐怖や不安を感じ始めるのを巧妙に避けているかのようじゃないですか」

 分かりにくい理由のもう一つは、安保法案の一括審議だ。

「麻生太郎が2年前、改憲について、
ナチスの手口に学んだらと発言したことで、立法権を国会が政府に委任した『全権委任法』が話題になりました。
 しかし実は、同法より前、ヒトラーは国会決議を経ない閣議決定で大統領緊急令を発令させ、ワイマール憲法を空洞化し、幾つかの法を一束にしてまとめて変え、国民の自由を制限しました」。「安保法制の進め方にも似ていませんか?」

 昭和2、3年ごろは盛り場をモダンガールと歩いた男性が、7、8年後には官憲から「非常時にイチャイチャするとは何事だ」と批判される。
 軍縮や対中国強硬論反対をぶっていたはずの新聞が読者の期待に沿うように<勝利につぐ勝利の報道>へとかじを切り、これがさらに読者の熱狂をあおる。「銃後」の言葉の下、女たちが自主的に兵士の見送りや慰問を始める……。

昭和の最初、米英批判は極端な意見に過ぎなかった。ところが人々がそれに慣れ、受け入れるうちに主流になった。リベラリストが排除され、打倒米英を本気で唱える社会となっていった。
 安倍が現在行っているような国定教科書改訂で『修身』が忠君愛国の精神を強調した数年後には『日本臣民』が続々と世に増えました」。
「仮に自衛隊が海外派遣されるとする。
『私たちのために戦いに行く彼らを見送ろう』と声が上がる。見送りすることは悪いことではないから批判しづらい。しかし見送りに参加しなければ『非国民』呼ばわりされかねない空気が段々と醸成されていく。ありえると思いませんか?」

 半藤さんは今、異なる言論に対する許容度が極端に落ちていることも深く懸念する。
「閉鎖的同調社会になりつつあるのではないでしょうか。似た考えの仲間だけで同調し合い、集団化し、その外側にいる者に圧力をかける。外側にいる者は集団からの圧力を感じ取り、無意識に自分の価値観を変化させ、集団の意見と同調していく。その方が楽に生きられるから」。 


米軍から強制的に行かされた「投稿勧告の使いの沖縄女性」を、日本軍は切り殺した  
 国威発揚のための『靖国神社』

 いろいろ残酷な出来事があったのに、 
「わが皇軍がそのようなことをするはずがない」というような論調で 一方的に切り捨て、
「国の体面を保つ」だけでは民意をつかむことはできない。若い世代も残り少ない「彼らの体験」に耳を傾ける度量を持ってほしい。

 英霊を祭る、国のために殉じた人々に感謝の念をささげると礼拝する「靖国神社」は、決して戦争犠牲者の冥福を祈るための慰霊塔などではなく、彼らを神格化して軍神として奉る事により、戦争による犠牲者を増やすことに利用され続けた悪魔の軍国神社であることを忘れてはならない。

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