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「国家のためなら国民は死んでも良い」それが戦争への道だ。

「国家のためなら国民は死んでも良い」それが戦争への道だ。

   ―少しなら国民が死んでも良い、理由があるなら殺して良いという右翼の詭弁を暴く―


以下はブログ平和を願う市民の輪からお借りしました。

 右翼は言う。

「国家のためなら国民は命を懸けて滅私奉公し、戦うのが義務だ」と。

 だが、右翼の言う国家は、決して民主主義国家にとっての「国家」ではない。

 民主主義国家においては、「国家=一人一人の国民」である。だからこそ、世界最高の民主主義憲法である日本の平和憲法には、「一人一人の国民の基本的人権が、国家よりも政府よりも首相よりも天皇よりも優先される」と記載されている。
 日本の平和憲法においては、「一人一人の国民=国家」であるから、安倍晋三であろうが右翼であろうが与党であろうが、国民に戦争を強制したり、「滅私奉公」を強制する権利はない。
 むしろ、日本の平和憲法では、「安倍晋三も右翼も与党も、一人残らず一人一人の国民に滅私奉公しなければならない」事になる。
 従って、高齢者や弱者、重症児(者)や寝たきりの病人の福祉切り捨て、年間3万人もの自殺者、貧困児童の存在は、日本の平和憲法と民主主義の理念においては、安倍晋三と与党と右翼の責任である事になる。
 それをもって、

「自己責任だ」と主張する安倍と与党と右翼団体、公立小学校でありながら数万円もする「アルマーニ」の制服を推奨している常軌を逸した右翼系校長が支配する東京・中央区立泰明小学校などは、完全に現行の平和憲法に抵触しており、安倍を筆頭にこれらの右翼が実行している事は、ことごとく憲法違反である。

 軍国主義者は言う。

「国家を守るために国民が死ぬのは当然だ。」

「国家のために隣国の同じ人間を大量虐殺する戦争は正義だ。」と。

 ならば、国粋主義の軍国主義者の戦犯、安倍の祖父の岸信介のような連中が支配していた戦争中の日本を考えてみよう。

 戦争犯罪人は言った。

「一億玉砕するまで、最後の一人まで、全滅するまで戦争を継続し、国家のために死ぬまで戦え!」と。

 ところが言うまでも無く、この場合の国家は決して一人一人の国民ではない。当時の国民は軍国主義独裁憲法であった明治憲法では「臣民=奴隷」でしかなかった。誰の奴隷だったか?――軍部と戦犯、政治家の錦の御旗、「絶対的神の権威」として「傀儡」としての天皇を頂点とする権力者の奴隷だった。

 従って戦犯共の言った「国家」も、しょせんは戦犯・政治家・軍部のトップ・天皇であるに過ぎず、国民はその奴隷だった。

 日本の国民が一人残らず死に絶えるまで戦えば、残りは天皇と戦犯、軍部のトップと政治家などの権力者だけである。
 これでわかるとおり、当時の戦犯共は、戦犯を中心とする一握りの権力者の生き残りのためだけに、その他の全ての国民に「死ぬまで戦え」と主張していたのである。

 安倍と右翼が、何故、現行の平和憲法、一人一人の国民の権利こそが、安倍や天皇や右翼や政治家を上回ると規定する民主主義憲法を狂ったように「改正」その実は「改悪」して、

「明治憲法下の軍国主義独裁憲法を取り戻す!」と息巻いているのかが、これで御理解頂けただろう。
 安倍と右翼は、自分達が独裁者として政治的・軍事的最高権力を国民から取り戻すために、平和憲法を抹殺しようとしているのだ。

 安倍や右翼の言う「国防」なるものも、民主主義憲法を抹殺するための詭弁であるに過ぎない。
 安倍の祖父、岸信介のようなおぞましい戦犯共が、「国防」を理由に国民に戦争を強制したのと全く同じであって、本当に国防を考えているのなら、真先に核兵器を廃絶して、アメリカの武器商人やイスラエルと縁を切り、国際社会と共同して近隣諸国との外交による平和共存を求めるはずである。安倍はICANのフィン女史から核兵器廃止条約への調印拒否を非難されるのを恐れて逃げたが、自分が独裁者となって国民に楽しく戦争ゲームをさせるという狂気に取りつかれたこの戦犯の孫が、腹の中で何を考えているのかをうかがわせる行動だったと言えるだろう。

 アメリカは核兵器を小型化して、

「北朝鮮の老若男女だけを殺せるようにすれば核爆弾と言えども倫理的に全く問題ない」と主張している。

 いかにも安倍と右翼が喜びそうな論理である。

 だが、大量に人々を惨殺出来る原爆は許されないが、少しずつ虐殺する小型核兵器を使用するのなら、いくら罪もない人々を殺害しても良いというアメリカや安倍の思考回路は狂っている。

 あなた御自身や大切な人が誰かに惨殺されたとしよう。その方法が、銃による殺人であろうが、撲殺であろうが、あるいはガソリンを懸けて焼き殺すと言ったものであろうが、殺人は殺人でしかない。

 アメリカと安倍と右翼の論理は、

「ガソリンで焼き殺すのは残酷だが、中世ヨーロッパのように薪を集めて火焙りでなぶり殺しにするのなら全く問題ない」という代物である。

 原爆で広島・長崎の人々は、爆心地では瞬時に蒸発して四散し、離れた場所では全身に大火傷を負って悶え苦しみながら亡くなった。
 アメリカが核兵器を小型化した所で、核爆発のエネルギーは超高温を生み出すから、やはり同様に、爆心地では人々は蒸発して四散し、離れた場所では全身に大火傷を負って悶え苦しみながら死ぬことになる。

「同じ原爆であろうとも、小型の原爆で人を少しずつ虐殺するのなら何の問題もない」と言うアメリカと安倍は残忍である。

 同様に、安倍晋三と右翼は主張し続けている。

「日本の人間一人を守るためなら、北朝鮮の罪もない市民や赤ん坊、子供や高齢者や妊産婦を何千人虐殺しても、戦争しても全く構わない」と。

 戦争とは、国際紛争を解決するため、自国の国民一人の命のためなら、どれだけ大量に罪もない人々を虐殺しても構わないという論理で行われる。ブッシュが始めた何の大義もないイラク戦争では、50万人もの罪もない市民が惨殺された。それでもアメリカは一切イラクに謝罪していないし、安倍と右翼はこの一方的で残忍な大量虐殺を、

「素晴らしい」と絶賛しているのだ。

 けれどもあなた御自身や大切な人の命が、こうした身勝手な理由で残酷に奪われたとしたら、納得できる人間など全世界に一人として存在しないだろう。

 現に、アメリカのブッシュの残虐行為によって家族や愛する人々を惨殺されたイラクの人々は、ISを立ち上げて全世界に報復するため組織的なテロ行為を行っている。罪もない人々を虐殺すれば、恨まれ報復されるのは当然だ。

 殺人は、一人であろうが何人であろうが殺人であり罪である。戦争は巧妙に殺人を正当化して見せるが、戦争こそは最悪の大量殺戮に他ならない。

 安倍と右翼、アメリカの武器商人どもは、戦争なら殺して良い、小型核兵器なら使用して少しずつ殺戮するのは構わないと主張しているが、これらの殺人狂共は、殺人を正当化する残忍な快楽殺人者であり狂人である。

 現在の日本は、右翼共が洗脳支配しようとしている。その代表の一人が百田尚樹でありケントギルバートである。

 百田尚樹といえば、「右翼のブタ」の異名で知られ、作家としては三流以下だが、右翼に媚びた作品なら絶賛され生き残れると計算して、ありとあらゆるおぞましい戦争礼賛の陰湿で軽蔑すべき作品を成している。
 彼の作品は、そのどれをとっても芸術や文化の香りもない。あるのは悪意、隣国への中小、底意地の悪さ、嘲笑だけであって、この右翼の作家の心の中が、汚らわしい悪意で真っ黒に塗り潰されている事が、見る目のある人々には容易に看破できる。

 ケントギルバートも同様である。この日本会議の犬は、もともとアメリカや世界では「異常なカルト」として有名な「モルモン教」を信奉している。
 アメリカではまともに相手にされないから、ネズミ講まがいの違法すれすれの極めて犯罪性の高いヤクザそこのけの「事業」なる物を立ち上げたが、ものの見事に失敗した結果、厚顔無恥にも日本の右翼に尻尾を振って、読むに堪えない中国韓国へのヘイト本ばかりを書きなぐり、空っぽな頭でようやくひねり出したのは、

「日本は素晴らしい。中国や韓国よりも、いや、全世界で一番の素晴らしい国だ」という、これまた低脳の右翼や視野の極端に狭い愚劣な国粋主義者が泣いて喜ぶような幼稚な文章である。

 白人であろうが黄色人種であろうが黒人であろうが、優秀な人格者も居れば、右翼や国粋主義者や差別主義者のような軽蔑すべき人間の屑も居るのは自明の理である。

 罪も無く生まれた北朝鮮の赤ん坊の命と、日本や欧米、中国や韓国で生まれた赤ん坊の命は等価であって、どちらにも一切、優位性も劣性もない。

 日本にも心ある人が居る代わりに、百田尚樹や安倍晋三や右翼のような人間の屑もいる。欧米にも、トランプのような成り上がり者の下衆野郎も居る代わりに、核兵器廃絶を訴えノーベル平和賞を受賞したICANのような全世界から尊敬される平和主義者も居る。

 豚と人間の区別もつかず、糞便と宝石の違いもわからないような連中が、国粋主義や民族差別に走るのである。

 豚に人間の良し悪しは分らず、便所バエには人格的価値は理解不能である。豚レベルの人間だからこそ、

「日本人だけが偉大だ」と主張し、便所バエレベルの低脳で人品卑しい連中だからこそ、

「戦争できる国家にする。自分以外は殺して良い」と主張するのである。

 豚の卑しさ悪臭が理解できる人ならば、

「日本人にも安倍晋三や右翼のようなブタレベルの屑が居る」と考えて、
「日本だけが偉大で立派だ」などとは夢にも考えない。

 糞便の悪臭や不潔さおぞましさが分かる分別ある人格者なら、
「日本にも糞便や便所バエレベルの国粋主義者や安倍晋三のような軍国主義独裁者が居る」と知って、
「日本人の命は他の国家の人間の命よりも尊いから日本のために隣国の人を殺して良い」などとは決して思わない。

他人を殺しても良いと考える軽蔑すべき連中だけが、
国防のために戦争しても良いと考えるのだ。


これが右翼の正体だ! ヘリ墜落事故被害者にまで暴言!

 佐賀県神埼(かんざき)市の自衛隊ヘリ墜落事故で、家を失った住人がネット上で右翼の罵声を浴びている。言うまでも無く安倍晋三と日本会議の差し金だ。

 沖縄で相次ぐ米軍ヘリの不時着や部品落下の事故では、
「それで何人死んだんだ!」と国会で安倍の犬である自民党議員のやじが飛んだ。基地のそばで不安を抱え生きる人びとの現実を踏みにじり隠蔽しようとする安倍晋三の策謀だ。

 自衛隊ヘリが墜落した時、、家にいた女の子は奇跡的に難を逃れ命が助かったが、もし、直撃されていたならば、無残な轢死体になり亡くなっていただろう。
 翌日、父の「許せないですよね」というコメントが新聞で報じられると、ツイッター上に安倍の差し金により、恥知らずの右翼による非難の投稿があふれた。

「何様? 墜落して亡くなった隊員の事考えねーのかよ。ガキが死ねば良かったんだ。」

「わざと落ちた訳じゃないし、許せないの意味が分からん。家が燃えたぐらいでガタガタ言うな」

「死ななかっただけいいじゃないか。お前ら国民は安倍さんと自衛隊に守って頂いているんだ。ありがたく思え」

「安部首相と国家への感謝が足りんのじゃないか?」


 戦後、安倍晋三の祖父、戦犯であった岸信介による安保条約のせいで、本土でも沖縄でも、基地周辺の住民が多数、軍用機の墜落で犠牲になった。

 横浜市で1977年9月27日、米軍偵察機が住宅地に墜落した事故では、土志田(どしだ)和枝さん(事故当時26歳)と3歳の長男、1歳の次男の母子3人が自宅で全身やけどを負い、兄弟は間もなく死亡。和枝さんも4年4カ月後に死亡した。偵察機の乗員2人はパラシュートで脱出していた

「お水をちょうだい。ジュースをちょうだい」。病床で苦痛を訴える全身包帯姿の長男は次第に衰弱。最後に「バイバイ」と言って息を引き取った。
 次男も、「ポッポッポー、ハトポッポー」と父に教わった童謡を口ずさみ、兄の後を追った。

 母の和枝さんは皮膚移植を60回以上受け、治療中の配慮で1年4カ月間、我が子の死を知らされなかった。和枝さんは日記で「心配でいても立ってもいられない」と息子たちを案じていた。

 沖縄では本土復帰前の59年6月30日、石川市(現うるま市)の宮森小学校に戦闘機が墜落し、児童11人を含む17人が死亡した。給食の時間中だった。当時5年生だった佐次田(さしだ)満さん(69)が振り返る。
「衝撃で校舎が揺れ、炎と黒煙が立ち上った。黒焦げになった男の子が運ばれていった」

 国会でのやじの主は松本文明副内閣相。1月25日、衆院本会議で共産党の質問の最中だった。松本氏は翌日、安倍晋三首相に「誤解を招いた」と陳謝し、副内閣相を辞任した。松本氏の事務所は取材に「コメントすることはないし謝罪などするつもりもない」としている。

 やじは、裏返せば「誰も死んでおらず問題ではない」と受け取れる。

救いようがない。その冷酷さは政治家の失言史に残る」と評するのは、政治評論家の森田実さんだ。自ら辞める体裁をとった政府を、
少なくとも辞任を認めず罷免すべきだった。対応が甘い」と厳しく批判している。

 宮森小の悲劇を語り継ぐ沖縄県うるま市の久高政治(くだかまさはる)さん(69)は、
「軍用機が墜落するかもしれない恐怖の中で暮らす人の気持ちを考えてほしい」と話す。ツイッター上での非難や、国会でのやじは、安倍晋三と右翼団体の本音があっての事だった。

あべぶた

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原爆で死んだ弟を火葬場に背負ってきた兄。

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