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「お国のため」の「国」って何?

「お国のため」の「」って何?

   ―国家の定義を知れば安倍の腹の内が読める―


以下はブロガー政治学者さんからお借りしました。

 安倍晋三は戦前戦中の価値観を再現しようとしている。安倍と右翼が必ず言うセリフがある。

「お国のために命を懸けて滅私奉公せよ」だ。

 あるいは自民党の憲法草案を読んでみれば良い。現行の平和憲法では、
一人一人の国民の権利が事細かく規定され、
天皇より政府より首相より優先されると書いてある。ところが自民党憲法草案では、むやみやたらに、「公(おおやけ)」という言葉が散りばめられ、
「国民の権利よりも公が優先される」と書いてある。

 安倍や右翼の言う「お国」とは「」の事を指している。

 誰でも「国のために」と言われれば反論しにくい。自衛隊は「国家のために死ぬ覚悟」を日常的に求められているが、それが自衛隊でないとしても、
「戦争を仕掛けられたら国を守って戦うべきだ」という安倍や右翼の主張には反対しにくかろう。
 反論できずに言い淀んでいると、ここぞとばかりに安倍と右翼は言う。

「お前には愛国心がないのか? 家族が殺されても良いのか?」と。

 だが、平和憲法が規定する「国家」と、安倍と右翼が言う「お国」とは全く違っている。


 戦前戦中の戦犯共は、国民にこう命令した。

一億玉砕するまでお国のために命懸けで戦えと。

 日本の戦犯共は、本土空襲で日本が焼け野が原になり、多くの国民が戦争の犠牲になり、2度までも原爆を落とされながら、それでも竹槍で一人残らず死に尽くすまで戦う事を強要した。
 けれども、日本の国民が全員戦死してしまえば、日本という国家それ自体が滅びて存在しなくなる。確かに日本の国土は残るだろうが、日本の国土が国家だというのなら、一人の生存者も居ない土地のために命懸けで戦い国民が死滅するのはあまりにもナンセンスである。

 従って、戦犯の言う「お国」は決して日本の領土でも国土でもない。

 にも関わらず、戦犯共は「お国のために日本の国民が全員死に尽くすまで戦え」と言った。もしも「お国」が日本の領土でも国土でもないのなら、全員死に尽くすまで戦えという戦犯は、一体何をもって「お国」と考えていたのだろうか?

「お国」が、もしも日本の国民を指す言葉なら、「一億玉砕」という全滅戦は、決して「お国」のための戦いなどではない事になる。

 ならば、戦犯共は「お国」という言葉によって、一体何を意味していたのだろう?

 その答えは、戦争によって誰が死に、誰が生き残ったかを考えてみれば良い。

 戦争当時、兵士として徴兵されたのは、決して戦犯ではなかった。戦犯は財閥と軍部の上層部、そして政治的権力者であり、普通の罪もない国民などではない。 
 戦犯共は、戦争などしたくもない普通の国民達に向かって、
「お国のために戦え」と命令し、逆らう者を逮捕して拷問の末、虐殺したり、軍法会議で死刑にしたりしていたが、戦争で実際に死んだのは国民だけであって決して戦犯ではなかった

 国民の子供達が飢えて死んでいた時にも、戦犯とその家族だけは、安倍晋三と取り巻き同様、権力と豊かさを享受し、美味い物をたらふく食べていた。それは北朝鮮がどれだけ経済制裁を受けようが、平然と豊かに暮らす金正恩と取り巻きと全く同じ事である。

 ここまで来れば、賢明な読者諸氏は、当時の戦犯共が言う「お国」の正体がお分かりになるだろう。

お国とは、結局のところ、日本の国土でも領土でもなければ、一人一人の国民でもない。戦犯共が威丈高にわめいていた「お国」とは、現実には戦犯と取り巻きの事でしかなかったのだ。

 つまり、当時の戦犯共は、「お国」や「」が、あたかも普通の一般庶民である国民であるかのように装っては居たものの、その実は自分達特権階級のみを「お国」であり「公」であると考えていたのである

 実際、そう考えれば全てにおいて辻褄が合う。

「お国のために命を懸けて滅私奉公せよ」は、
「戦犯と取り巻きのためにその他全ての国民が奴隷のように命を懸けて滅私奉公せよ」であり、
「一億玉砕するまで戦え」は、
「戦犯と取り巻きが戦争責任を取らされて死刑にならないように、戦犯と取り巻き以外の国民が、奴隷のように最後の一人まで戦って死ね」という事でしかなかった。

 つまり、戦前戦中のような政治体制を取り戻すと主張し、自民党憲法草案にも「公」の権利が「国民」より優先されると書かせている安倍と右翼と与党とは、
「お国」や「公」という美名を利用して、あたかも国民のための憲法であるかのように見せかけながら、現実には「お国=公=安倍晋三と取り巻き」と考え、戦前戦中の戦犯と全く同様に、今の全ての国民を、安倍と取り巻きのために命懸けで戦う奴隷にしようとしているのである。


 だが、このおぞましい政治形態は、決して戦前戦中の悪しき遺産などではない

 安倍と右翼は右翼系日本神道カルト「生長の家」の信奉者である。日本神道の最古の文献であり聖典は「古事記」だが、この中の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の下りを読めば、戦犯や安倍や右翼の発想は、天皇制大和朝廷成立の頃から続くおぞましい繰り返しである事が理解できるだろう。

 ヤマトタケルノミコトは天皇の実子だったが、双子の兄だけを溺愛し、弟であるヤマトタケルノミコトの力を恐れ忌み嫌った父親の天皇は、わずか15歳の実の息子に、敵対する勢力の政治的トップを、わずかな手勢で暗殺してくるように命令する。
 言うまでも無く、この残酷極まりない命令は、敵対勢力の暗殺ではなく、自分が嫌っている息子が、あわよくばその過程で死ねば良いと考えて為された物だった。
 誰がどう考えても、こんな状況では暗殺が成功するはずもなく、仮にターゲットの殺害に成功したとしても、ターゲットの部下に惨殺されるのが落ちである。おぞましい父親が息子に下した暗殺命令は、体裁の良い厄介払いでしかなかった

 ところが力だけではなく非常に優れた頭脳にも恵まれていたこの若者は、首尾よく暗殺に成功して無事帰宅する。心の中では父親である天皇にさぞかし褒めてもらえるだろうと信じ、意気揚揚と帰国した事だろう。
 けれども哀れな息子の案に反して、冷酷で陰湿な腐りきった父親は、前にも増して息子を恐れ忌み嫌い、危険な長旅の疲れも癒えぬまま、ろくな手勢も与える事なく、立て続けに次の暗殺命令を下したのである。

 流石の親孝行で一途な息子も、優しい叔母の下を訪れ、
「父は私など死ねば良いと思っておられるのでしょう」と涙を流している。それでもこの健気な若者は、何度も何度も、理不尽極まりない残酷な命令のまま、繰り返し戦争の最前線に送られ続けた

 その過程で、最愛の妻は彼の命を救おうとして海に身を投げて死に、彼自身も度重なる過酷な戦争に傷付き疲れ果て、重い病を得て戦争からの帰途で若くして死んだ
 死の寸前に、この可哀想な若者は、忠実に彼に付き従ってくれた部下の兵士達に、自分自身はもはや生きて故郷に帰れないと知りながら、

「良かったな生き残れて。せめてお前達だけでも故郷に帰り、生還出来た事を祝って楽しく遊ぶが良い」と言い残して、旅の空で息を引き取った……。


 この作品を読めば、作者である太 安万侶(おお の やすまろ)が、決して天皇家や大和朝廷という日本の政治形態を支持して居なかったという驚愕の事実が理解できる。

 彼が本当に書きたかったのは、政治的トップのエゴと残忍性により、罪もない若者達が戦争を強制され、戦死しようが旅先で病没しようが、最愛の家族まで犠牲になろうが、何とも思わず、若者たちや国民、いや、我が子ですら平気で自分のために犠牲になるという、人間の犯す最低最悪の大罪――それが戦争であるのだという事実である。

 
 安倍晋三と与党と右翼は、政治的権力者が、国民である若者達を平気で戦争の道具として、自分達のために最後の一人まで死に尽くすまで、面白おかしく戦わせる権力を得ようとして、
お国」や「」という言葉を弄して、一人一人の国民の生存権と人権を守り、誰一人として国民に戦争を強制する事ができないと謳っている現行の平和憲法を抹殺し、国民が首相と戦犯の奴隷扱いされるという、おぞましい大日本帝国憲法復活を狙っているのである

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 ヤマトタケルノミコトの銅像。

 その右手は帰れなかった遠い故郷に向かって切なく伸びている。彼が振るった剣、即ち武力は杖として使われているだけで、もはや彼に戦争で他者を傷つける意志は存在しない。
 アジア太平洋戦争当時も、おぞましい戦犯と軍国主義者、右翼と国粋主義者のために、罪もない若者達が戦争を強制され、故郷にも帰れずに、その多くは飢えと病気によって犬死するか、自殺攻撃を強いられて、戦犯共のために完全に無駄死にさせられた。

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 最上の善は水のように、その存在にすら気付かれない物である。平和ボケした愚かな人々は、戦争しない事、平和で居られる事が、どれほど尊く、どれほど価値ある物であるか、その真価を完全に忘れてしまっている。
 戦争を回避する以上の国防は存在しない。机上の空論しか頭になく、自分達が独裁権を掌握する事しか頭にない愚劣な右翼と安倍晋三は、平和の価値が全く理解できない愚劣極まりない狂人共である。

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 戦争となれば、馬や犬猫までが犠牲になった。残酷な戦犯共は、自分達は美味い食事と贅沢な生活を楽しみながら、「お国の食糧を無駄に消費する」からと、犬猫まで殺す事を国民に強要した。馬は軍馬として戦地に送られ、死ねばその肉まで食われる事になった。

 もしもが存在するなら、
平和よりも尊い物は存在しない戦争を回避する以上の国防は存在しない。大いなる平和の国を模索する事、それこそが大和の国、日本の名の由来であり、人間が永遠に努力するべき課題である。安倍晋三と生長の家、右翼と軍国主義者と国粋主義者は、神の願いと祈りを踏みにじる悪魔共である」――そう叱責するに違いない。

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